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17.ハンス・エーク氏日本での足跡を大切に

【日本での足跡を大切に】

2005年3月4日(金)ハンス・エーク氏帰国

今日は朝から雪だ。
この時期の、東京での雪は珍しいと聞いた。
異常に、暑い夏や時期はずれの台風、そして遅い春。
地球温暖化はどんどん進んでいる、その影響かなと思った。

今日の、ホテルの朝食は和食にした。
私が食事中に、ハンス・エーク氏が和食堂に入ってきた。
ハンス・エーク氏も、最後の食事は日本食にした様だ。
この2階の和食堂には、庭園がある。
雪をかぶった庭園の木々が、庭の美しさを引き立てている。
ハンス・エーク氏も、雪の降る中の日本庭園が織り成す風情に、しばらく見惚れていた。
時期はずれの雪で、ハンス・エーク氏とっては良いモノが見れたのではないかと思った。

ハンス・エーク氏と一緒に食事を取るのも、今日で最後になる。
今日の朝食にも納豆が付いているが、ハンス・エーク氏は手を付けなかった。
来日して最初の朝食で、納豆の味を経験し、日本で最悪の食べ物と評価した納豆だが、その味はハンス・エーク氏の良き(悪い?)思い出になることだろう。

成田空港行きの列車に乗るため、ホテルからタクシーで上野駅に向かった。
ハンス・エーク氏の目に、今、雪の東京はどの様に映っているのか。

ハンス氏が、滞在期間中に言った事がある。

『確かに日本は、便利で豊かかもしれない。
でもそんな事は、たいしたことじゃない。
その中で、失ってしまった物の方が大きい気がする。』

その時私は、日本の現状を見透かされ、高い次元から発せられた言葉に重みを感じた。
本来の豊かさは、品物の豊富さや表面上の豊かさでは無い。
建物の脆弱さを見て、社会基盤の根底がしっかりしていない、日本の全てを見透かされた言葉だと、私は受け止めた。
日本に発せられたメッセージとして。

ハンス・エーク氏の、行動や言葉を思い出してみた。

①宿泊先で、ホテルの部屋をでる時は、照明をすべて消して出ました。
(限りあるエネルギーは大切に、料金内でも浪費はいけない)
ハンス・エーク氏は、常に照明を消すのが癖になっていると言った。

②断熱材を有効活用し、省エネに繋げましょう。
(断熱材はエネルギーロスに大変有効だ、もっと活用すべきだ)
北国、南国に関係なく断熱材を使う有効性に気が付くべきと言った。

③知識の安売りはしない。
知識はビジネスと直結している。
(講演会後に群がる、業界人の人達に対して)
教える事はかまわないと思うが、本当に役立ててくれかが心配だ。
また、上辺だけの無暖房住宅では、決して成功しない。
スウェーデンには、蓄積された裏づけと、研究開発がある。
それを、無視した無暖房住宅では、言葉だけに成る可能性が大きい。
言葉の一人歩きは、日本の外断熱工法にも見える。
真似事では、成功しないと思う。


④見栄の日本人と、中身のスウェーデン人。
(衣食住の日本国と、家、バカンス、車のスウェーデン国)
人生に措ける住居は、ある意味一生を左右する物と考えるべきである。
生活の基盤が脆弱では、全てにバランスを欠く事に成ると思う。

⑤物を、大切に長く使う。(ハンス・エーク氏のカメラとカメラバックを見て)
(ハンス・エーク氏の、使うカメラはキャノンA-1で現役だったが、私の持つ1ランク上のAE-1は物入れで眠っている。)
無駄使いと、浪費の蔓延る現状で、何時しか麻痺していた、自分に気づかされる思いだった。

⑥化石燃料は、再生できないので良いエネルギーとは言えない。
(循環型エネルギーを使用する事が大切だ)
ハンス・エーク氏は、スウェーデンでの通勤は、自転車と地下鉄を使い、マイカーはエタノール車を使用している。

以上、一部を照会したが、無暖房住宅の設計者ハンス・エーク氏の言葉や行動のすべてが、究極の設計に繋がっているように思える。

成田空港で、出国の手続きを進めるハンス・エーク氏は、心成しか嬉しそうに見える。
長い日本旅行を無事終え、ようやくスウェーデンに帰れる気持ちが現れていた。
出国の手続きを終えたハンス・エーク氏に、記念撮影と色紙にサインをお願いした。
ハンス・エーク氏は、快く笑顔で、答えてくれた。

成田空港での記念写真
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ハンス・エーク氏のサイン
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その後、ハンス・エーク氏は時間を気にして、発着時間はまだかなり先だが、出国ゲートに入ると言った。
出国ゲートへの長い列に並んでいる時は、悲しそうなジェスチャーをしていたハンス・エーク氏だが、ゲート入り口に入ると、振り返る素振りも見せず行ってしまった。

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そのあっけなさに、3人は顔を見合わせ苦笑した。
それがかえって、我々を遠い国で同じ考えを持つ同僚として認め、『時期が来れば再会もあるよ』と、言っている様でもあった。

今回の日本講演の成功で、無暖房住宅が日本全国に知られる事に成った。
如いては、スウェーデン国内でも、更にハンス・エーク氏の評価も上がる事だろう。
それは、自国でハンス・エークに対し、プロジェクトへの要請も多くなる事だ。
優秀な技術者が、新たな仕事を通し、国への貢献を高める事は素晴らしい事だ。
ハンス・エーク氏の、活躍の情報が聞ける事を待ちたいと思う。

ハンス・エーク氏の無暖房住宅は、日本の住宅に今後どんな影響を及ぼすのか。
日本の住宅改善に、大きな足跡を残す事に成るよう期待する。
そして、私がその意思を引き継げるかが、今回のハンス・エーク氏同行の意味にも成ると考える。

私は、早く『日本で無暖房住宅を造り、ハンス・エーク氏に見せたい』と思った。
その実現に向けて『こらからが、勝負だ』と、身の締まる思いがした。

ハンス・エーク同行記、終り。

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