【ハンス・エーク氏初めての休日】
2005年2月28日(月)京都観光
今日は、無暖房住宅の講演も移動も無く、ハンス・エーク氏来日以来、始めての完全休養日である。
ハンス・エーク氏が予てより希望していた京都御所を見学する。
堀内事務局長は、一足先に早朝札幌に向かったので、ハンス・エーク氏、友子ハンソンさん、宮坂専務理事と私の4名で見学する。
ホテルからタクシーで京都御所に向かった。
今出川口より御所受付のある清所門へ。
長く続く格式ある築地(土塀)に、ハンスエーク氏も期待が高まるのか、いつにも増して張り切っている様子だ。
長野県でもそうだったが、ハンス・エーク氏は社寺仏閣に強い興味をもっている様だ。
軒の反りや支持方法など、細かな部分の質問などが飛び出し、言葉に詰まる事が度々あった。
受付を済ませ中に入るが、参観時間が決まっているようで、参観者休所で待つことにする。
休所では、御所の説明ビデオが流されていたが、英語版だった。
今日は、外人さんDAYなのか、参観者も外人さんばかりだ。
待つ間、私は休所の外に出て近くで行われている御所内工事現場をネット越に見ていた。
また、休所の屋根瓦を見ると、至る所に菊の文様が入っていた。
格式と、普段触れる事の出来ない別世界にいる事を、改めて感じる。
説明案内の女性係り官がきて参観がスタートした。
ただし説明はすべて英語で、貰ったパンフレット読みながらの参観となった。
御所内はさすがに警備が厳しく、参観者の最後尾に皇宮警察官らしき男性が、列を離れる者がいないかを監視し、最後まで付いてきた。
参観順路は、決まっていて、
①宜秋門(ぎしゅうもん)→②御車寄→③新御車寄→④建礼門(けんれいもん)→⑤紫宸殿前(ししんでんまえ)→⑥清涼殿(せいりょうでん)→⑦小御所→⑧蹴鞠の庭(けまりのにわ)→⑨御学門所→⑩「剣璽の間(けんじのま)→⑪御常御殿(おつねごてん)→⑫御内庭(ごないてい)→終了と成っている。
③新御車寄の写真
⑤紫宸殿
日華門付近の工事風景
建春門横に、一般用と書かれた立て札の有ったトイレらしき建物
宣陽殿付近に有った、桧皮葺屋根の実物台模型
⑥清涼殿(せいりょうでん)
清涼殿の左端にある、皇室の年間行儀を書いた置物。
御学門所付近の塗り壁の修繕工事が行われていた。
ハンス・エーク氏は興味津々に作業を見つめる。
やおら腰を落し、塗り壁の材料を指に塗りつけ材料の感触を確かめた。
幼少時期大工の見習い経験のあるハンス・エーク氏は、職人気質も持ち合わせている。
東京のマンション現場視察でも、黒のトレンチコートを現場の材料で白く汚していたのを見て、私が手で汚れを叩き落そうとすると『こんな事は、いつも事だよ』と言い、気にせずに、現場を視察する事もあつた。
無暖房住宅の説明でも、工事中現場に出掛け施工中の工事業者とのやり取りについて話す事があつた。
いかに良い設計や建築物理学を要しても、施工がその通りに行われなくては、計画倒れになる。
また、設計の不備や現場でなくては解らない事も、工事業者とのやり取りで解決した事を、ハンス・エーク氏は良く話していた。
職人の気持ちが分かる、ハンス・エーク氏の一コマだ。
⑩「剣璽の間(けんじのま)を見学するハンス・エーク氏
⑩「剣璽の間(けんじのま)に有った、絵襖戸
参観を終え、ハンス・エーク氏は日本の建築美を堪能した様子だった。
友子さんも二度目の参観だが、『英語による説明の方が詳しく説明してくれて、解り易かった』との事でした。
私は全然解りませんでしたが。
参観を終え、外に出る。
御所の築地(土塀)に沿って建春門前を通る。
正面前方には、大文字焼きで有名な大文字山が見えた。
京都御苑の築地(土塀)沿いに歩き、清和院御門前からタクシーで清水寺へ向かう。
昼になり昼食を取ることになり、清水の清水順正で湯豆腐料理を食べた。
豆腐づくしだが、ハンス・エーク氏も喜んで食べた。
食後、ハンス・エーク氏は、京都工芸繊維大学の芝池助教授に電話連絡を取り、夕刻会うことになったようだ。
ハンス・エーク氏は、CDを購入したいと言い、友子さんが市内のCD店まで案内する事になった。
友子さんも、昨日の疲れがあるようで、その後は部屋で休むと言った。
そこで、4者自由行動を取ることとなった。
私は清水寺を見学し、茶碗坂を下り、三年坂、二年坂を歩いた。
見慣れた道と思ったら、一昨日通った高台寺前の、ねねの道だった。
そのに、6人連れの舞妓さんが通り、シャッターを押す。
慌てたので、2人しか写っていませんでした。
ぽっくりの音も軽やかに、歩いてゆく後姿と町並みがマッチして、京都の風情を感じた。
私は、歩くのにも疲れホテルに戻って休むことにした。
明日は、北海道だ。
【最後の講演地札幌へ】
2005年3月1日(火)今日は、京都⇒大阪⇒北海道札幌への移動日です。
昨日は、来日いらい始めて一日フリーだったハンス・エーク氏は、京都見物を堪能した様だが、今日その
反動が出た。
昨日友子・ハンソンさんから、ハンス・エーク氏にはホテル前から8:00出発の連絡済んでいた。
友子・ハンソンさん、宮坂専務理事と私の3人は、ロビーに集合しハンス・エーク氏を待った。
7:50を過ぎてもハンス・エーク氏はロビーに現れない。
伊丹空港までは、乗り合いタクシーで行く、タクシーはかれこれ20分も前から待っていた。
友子さんが、フロントからハンス・エーク氏の部屋に電話したら、まだ出発準備中とのこと。
どうやら寝過ごしたようだ。
ハンス・エーク氏は15分遅れで降りてきた。
ようやくタクシーで大阪に向かった。
車内で、ハンス・エーク氏は『モーニングコールをフロントに依頼していたが、コールが架かってこなかった』としきりに弁解していた。
タクシーの運転手さんは、かれこれ40分近く待ってくれた。
その間、運転手さんは、車外で立って待っていたのだ。
京都はタクシー業界の競争が激しいと聞いていたが、接客に対する気持ちが充分出ていた。
京都市内を抜け、高速道で大阪へ向かう車内で、友子さんがハンス・エーク氏に話しかけるが、ハンス・エーク氏は昨日の疲れか口が重い。
今日の関西地区は天気も良く、気温は15度前後か。
こちらは春陽気だが、北海道はまだまだ寒いだろ。
大阪の町並みを見ながらそんなことを思った。
伊丹空港に着き出発ロビーへ。
軽食スタンドで飲み物を取る。
ハンス・エーク氏はビールとサンドイッチを希望した。
ビールを飲んで、ハンス・エーク氏は少し元気が出た様だ。
千歳行きの便に乗り込む。
私は疲れと風邪で機内では寝てしまった。
千歳空港に着いた。
前日札幌入りしていた、堀内事務局長が出迎えに来ていた。
ハンス・エーク氏は空港内にある水槽の魚をめずらしげに見ていた。
空港内で昼食を取ることにした。
北海道らしく、ジンギスカン店に入った。
スウェーデンでも、ラム肉の料理があるらしく美味しそうに肉を食べるハンス・エーク氏だった。
ハンス・エーク氏は、堀内事務局長らと、宿泊先の定山渓のホテルへ車で向かった。
私は空港で別れた。
京都で風邪をひき、体調不良のため自宅に戻り明日の講演に備えた。
15.ハンス・エーク氏札幌講演に続く。